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神埼の地名に残る大蛇伝説の謎を解く!

古くから神の使いなどとして崇められてきた蛇。伝説として語り継がれることも多く、神埼市に残る大蛇伝説の謎に迫りました。

神埼市の日ノ隈公園をスタートして、地名の由来について聞き込み調査を開始。なかなか手がかりは得られません。
日用雑貨のお店・八起屋のご主人にお話をうかがってみると、蛇にまつわる名前がついた「蛇取橋」や「蛇塚」などをご存知とのこと。この辺りの地名に詳しい尾崎西地区の区長さんも紹介していただきました!

尾崎西分集落センターで、尾崎西分区長山口健明さんと副区長の羽立一喜さんにお尋ねしました。

櫛稲田姫を食べた大蛇(ヤマタノオロチ)がいたと伝えられ、地名もそれに基づいて名付けられたという一説が!

  • 尾崎(おさき)・花手(はなて)…住民が大蛇を退治した時、尾の先が「尾崎」、鼻の先が「花手」にあった
  • 柏原(かしわばる)…大蛇を退治するために柏の木(樫の木)を採った場所
  • 伏部(ふすべ)…採ってきた柏の木をふすべて(燻して)煙を焚いて大蛇を退治した

最後の野寄(のより)についてははっきりとしたことが分からず、追加調査することに。


櫛田宮みゆき大祭の太神楽に使われる獅子舞が以前は大蛇を模していたという言い伝えも残っています。

八起屋のおばあさんに聞いたお宮に足を運ぶと、「野寄」の由来が書かれた案内板を発見。「大蛇退治の際に当村に寄り集まり話し合ったことから名付けられた」という趣旨の説明が記されています。それぞれの地区のお宮にも案内板がありました。

大蛇を討ち取ったという蛇取橋、その近くに討ち取った蛇が埋められ祀られているという蛇塚も確認。

言い伝えられてきた大蛇は本当にいたのか?

これまでの調査を踏まえ、大蛇伝説の謎を確かめるべくさらに向かったのは神埼市役所。政策推進室の歴史文化振興係長の谷洋一郎さんにお話を伺いました。

谷さんによると、ヤマタノオロチは水害を模したもの。水害がよく起きていたので、
大蛇伝説として残されたのではないか、ともう一つの説が!

  • 野寄は水害についてどうしようかと話し合った場所
  • 柏原は堤防に使う材料を採取した場所
  • 伏部は材料を工事に使うため加工した場所
  • 花手尾崎は水害にあった時の規模の大きさを表している

という解釈です。昔の人は水害の怖さを大蛇と関連づけて伝えたのでしょうか。

この地区の島状の環濠集落ができるきっかけになったのが中池江川。集落形成の大もとになった灌漑工事を大蛇伝説として伝えているのではないかというお話でした。

それでも、本当に大蛇はいたのではないか、と想像が広がりますね。どの説を信じるかはあなた次第!


調査結果

  1. 神埼市尾崎西には大蛇伝説が残され、「尾崎」「花手」「柏原」「伏部」「野寄」という地名はその伝説に基づく。
  2. この地には水害が多く、中地江川をはじめとした大規模な治水工事が行われ、たくさんの環濠集落ができた。1の大蛇伝説は、実はその治水の歴史を伝えるものとして、大蛇に例えて言い伝えられてきたものである。

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