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災害の記憶

災害の記憶 2021/03/09 (火)

3.11を忘れない⑬ 今も心から消えない風景

東日本大震災から10年。

FNN取材団としてサガテレビも被災地を取材してきました。

記者とカメラマンが目にした被災地の動画をサガテレビのホームページに一挙に掲載します。

未曾有の災害を忘れないために・・・

取材をめぐる当時の状況

東日本大震災による福島の原発事故をきっかけに、2012年9月、原子力の安全規制を一元的に担う原子力規制委員会が発足。その原子力規制委員会は鹿児島県の川内原発と福井県の高浜原発が新しい規制基準を満たしていると認めました。

一方、九州電力は玄海原発3、4号機について再稼働の前提となる安全審査を2013年7月に申請。全国的に原発再稼働の動きが加速していました。

放送:2015年2月19日

サムネイル

東日本大震災、そして東京電力・福島第一原子力発電所の事故から3年11カ月。廣瀬記者が1週間、FNN取材団として福島県で取材をしました。家族を亡くし時が止まったという人、放射線の影響でまだ自分の家に戻れない人、次の一歩を踏み出そうという人、今まさに福島で生きているひとりひとりのさまざまな思いがありました。

(廣瀬記者)

「こちらには住宅が建っていたということで、今もなお基礎部分だけが残っています。そして同じ敷地内には震災で亡くなった方を追悼する慰霊碑が建っていて、津波が押し寄せてきた海の方に向かって手を合わせています」

冷たい風が吹く福島県相馬市の高台。月命日にあたる今月11日、多くの人が訪れ手を合わせていました。地元のこの漁業者もその一人です。津波で兄夫婦を亡くしました。毎日のように慰霊碑を訪れます。今も心から消えない風景があります。

(兄夫婦を亡くした漁業者)

「おれは100メートルぐらい後ろの方、実家から少し離れたところ、助けに行くのは間に合わなかった。日にちの経つのは早いけどな~、これからどんなふうになっていくか分かんねえけども、考えつかねえな、いまだに」

(廣瀬記者)

「家やお店はそのまま残っているんですが、人が住んでいないためか風景がとても悲しく感じられます。いるのは除染作業員など関係者ぐらいです」

国の原子力規制委員会は去年から今年にかけ、鹿児島県の川内原発と福井県の高浜原発が新しい規制基準を満たしていると認めました。加速する再稼働への動きに対する反応はさまざまです。

(伊達市 仁志田昇司市長)

「原発は今回非常に危険だと分かったから、これをどういうふうにこれから日本のエネルギー問題という観点と、環境とかそういった観点から、国としての方針を見出していくかってのはそんな簡単な問題じゃないんでね」

(とまとランドいわき 元木寛専務取締役)

「いろんな産業に与える影響とか、そして放射性物質、放射能が体とか食べ物に与えるメカニズムなども詳しく勉強すると、賛成か反対かではなく、自分たちの生活とか経済とか含めてみなさんで議論をしていかなければいけないと私は思う」

南相馬市小高区。福島第一原発から20キロ圏内にあり、市内では唯一、避難指示が出ている地区です。住んでいる人はいませんが、この日、墓参りに訪れている男性の姿がありました。

(墓参りの男性)

「僕らも完全に安心していた。安心しきっていた。絶対に原発は大丈夫だって。雇用も結構あったしね。地域の活性化にもなった。大歓迎ではなかったが、原発も貢献していると思った。その背景は、安全だっていう背景があったから」

小高で生まれ育ったこの男性は福島を離れたくないと、東京で暮らす息子の所に避難した妻と離れて、一人で南相馬市内の仮設住宅で暮らしています。

「原発事故は自然災害と違って、若い人が戻ってこないんだよ。だから、復興がなかなか進まないのはそこなんだよ。放射能災害の一番の根深いところは若い人が戻ってこないところ。痛い目合うのは小さな子供なんだもん」

原発事故で離ればなれになった家族。こんな思いをするのは福島だけで十分だと、再稼働には反対します。

「本当に思ったな。自然に逆らったら駄目だ。自然には勝てないよ。いくら安全だって言ったって、人間が作った安全基準だから。再稼働なんてもってのほかだ。どんなことしたって安心はない。運転しない方が一番安全なんだから」

(終)

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