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災害の記憶

災害の記憶 2021/03/09 (火)

3.11を忘れない⑭ 若い世代が帰ってこない

東日本大震災から10年。

FNN取材団としてサガテレビも被災地を取材してきました。

記者とカメラマンが目にした被災地の動画をサガテレビのホームページに一挙に掲載します。

未曾有の災害を忘れないために・・・

取材をめぐる当時の状況

福島の原発事故を契機に発足した原子力規制委員会は、2016年9月、玄海原発3、4号機の安全審査の一環として、現地調査を行いました。東日本大震災から5年半。全国の原発で再稼働に向けた動きが着々と進んでいました。

放送:2016年9月7日

サムネイル

サガテレビの木戸記者が1週間、FNN取材団として福島県内を取材しました。福島では7月現在も2万1000世帯、約5万7000人が避難生活を余儀なくされています。一方で今年7月12日、一部で「避難指示」が解除され、自分の家に戻る人たちもいます。

「避難指示」が解除された地域のひとつ、南相馬市の「小高区」はシャッターをおろした店が立ち並ぶ閑散とした町。そこでは今も、震災の被害に遭った建物の解体作業が続けられていました。

(木戸記者)

「南相馬市小高地区です。こちら沿岸部から3キロほど離れた場所になりますが、当日はこの付近まで津波が押し寄せたと言います。一見、緑広がる田園地帯ですが、すべて雑草となっています」

今年7月、避難指示が解除された小高区。2011年の震災前には、約3800世帯1万2800人が生活していましたが、現在は300世帯1000人ほどしか戻っていません。

(南相馬市の住民)

「若い世代が全く帰ってこない。なぜ帰ってこないかと言うと、放射線がこわい」

南相馬市小高区に住むこの男性は震災で職を失い、今は年金やアルバイトなどで生計を立てています。

「お金出して買った方が早いんだけど、それじゃおいしさが違う。土に触れている時が平和でしょ。パソコンの前にばかりいたらおかしくなるよ」

東京で大手スーパーの営業マンだった12年前、築80年の古民家に魅力を感じ、ここに移住しました。同時に自ら生産をしようと家庭菜園をつくり、野菜や果物を栽培していました。その長坂さんを2011年3月11日、悲劇が襲いました。

小高区は福島第一原発から半径20キロ圏内。避難指示に伴い妻と愛犬、そして猫2匹とともに5年3カ月もの間、南相馬市鹿島区の仮設住宅での生活を強いられました。

被災した経験をふまえ、玄海原発の再稼働に向け作業が進む佐賀の状況を話すと…。

「佐賀の人たちがどういう判断をするのか分からないけど原発は正直、必要ないと思う。あってわれわれみたいな経験はしたくないじゃない。本当に悲惨だぞ、本当に」

(終)

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