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2026.03.06

~嬉野市塩田町で江戸末期の陶石輸送の拠点を探る~塩田津ひな祭りも開催中

今回は、嬉野市塩田町に残る港跡と商家の町並みを舞台に、江戸末期から昭和にかけて続いた陶石輸送の歴史をたどります。

3月29日まで開催中の塩田津ひな祭りとあわせて訪ねたい、知られざる“物流の町”塩田津の物語をご紹介します。

陶石輸送で栄えた塩田津 ― 江戸末期からの水運拠点

佐賀県嬉野市塩田町。いまは穏やかな空気が流れる塩田川沿いの広場が、かつては重要な港としてにぎわっていました。

ここで主に扱われていたのが、熊本・天草方面から船で運ばれてきた陶石です。有田や佐世保方面へと届けられ、有田焼や波佐見焼の原料となっていました。

当時の船の往来は、潮の満ち引きを巧みに利用したものだったそうです。
「満潮のときに一斉に船が上がり、引き潮で一斉に下る」――。

満潮時にだけ船が行き交うことができる地形を生かし、約5キロ先の針尾まで潮が満ちる仕組みに乗って船が上がってきたといいます。自然の力を読み取りながら成り立っていた、効率的な水運システムでした。

水車が支えた陶石加工の現場

塩田川沿いには、かつて「水車台」が数多く並んでいました。

天草から運ばれた陶石は、ここで水車の力を利用して細かく砕かれていたそうです。
展示されている模型からは、その仕組みを知ることができます。

水の力を活用した加工方法は、当時としては非常に合理的で、技術の粋を集めたものでした。砕かれた陶石は、その後、有田方面へと運ばれていきます。

写真が語る大正時代の物流

展示されている大正時代の貴重な写真には、実際に陶石を運ぶ人々の姿が写されています。

当時はまだ自動車が普及しておらず、馬を使って水車台ごと陶石を運んでいたそうです。
写真からは、重い陶石を運ぶ様子や、現場の緊張感が生き生きと伝わってきます。

物流の拠点・西岡家住宅

町を代表する商家のひとつが、西岡家住宅です。

西岡家は、船を動かして米を出荷したり、商品を流通させたりと、地域の物流拠点として重要な役割を担っていました。

いまも残る建物からは、塩田津が商業の中心地として栄えていた面影を感じることができます。

歴史ある町並みで楽しむ 塩田津ひな祭り

塩田町では3月29日まで「塩田津ひな祭り」が開催されています。

全国的には3月3日がひな祭りですが、3月いっぱい見学することができます。

歴史ある建物とともに眺める雛人形は、往時の繁栄を今に伝える存在です。ぜひこの機会に訪れてみてください。

まとめ

有田焼や波佐見焼の背景には、原料を運び、砕き、送り出した人々の営みがありました。

嬉野市塩田町は、華やかな焼き物文化を陰で支えた“物流の町”だったのです。

港跡や商家の建物、そしてひな祭りの華やぎ。歴史をたどりながら町を歩けば、佐賀の知られざる一面が見えてきます。いまだけの景色とともに、塩田津の物語に触れてみてはいかがでしょうか。

 
塩田津ひなまつり
  • 開催期間:3月29日まで
  • 会場:佐賀県嬉野市塩田町 塩田津地区  西岡家住宅・下村家住宅
【2026年3月2日~3月3日放送 かちかちLIVE わらしべ長者の旅 より】

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