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“船への愛”がつないだ縁 「宗谷丸」と2人の男性の約束【佐賀県】
2026/03/02 (月) 18:18
かつて北海道の稚内と樺太を結んだ「宗谷丸」という船がありました。この「宗谷丸」が時を超えて県内に住む2人の男性をつなぎました。
今から90年ほど前に作られ、旅客船や石炭の輸送にも使われた「宗谷丸」の模型です。
61年前に引退し、今は残っていません。
唐津市に住む岩崎慶次さん85歳。
部屋には模型を制作するたくさんの道具がずらりとそろっています。
【岩崎慶次さん】
「ものを作るということの楽しさ、でき上がってくる色合いとかスタイルはやはり眺めると気持ちいいですよ」
短大で造船を学んだ岩崎さんは唐津市内の会社に就職し「船」の設計に携わります。
高校時代に熱中した模型作り。
仕事の合間に再開すると69歳で退職した後、いっそうのめり込むことになりました。
これまでに作った船の模型は約70点。
唐津市の旧唐津銀行に展示されている「ボルトン・キャッスル号」も岩崎さんの作品です。
去年2月には唐津海上保安部の巡視船「いまり」の模型を贈りました。
そんな岩崎さんが今回作ったのが1930年代に建造され、かつて北海道・稚内と樺太を結んだ「宗谷丸」です。
「宗谷丸」は客船や貨物船として活躍しただけでなく、石炭の輸送や船員訓練などの役目も務めたあと、1965年に運航を終えました。
戦火を奇跡的にくぐり抜けるなど記憶に残る船ですが解体され現在は存在していません。
岩崎さんがこの作品を贈るのは3年前に知り合ったという齋藤龍汰郎さん。
齋藤さんは祖母が樺太出身という縁で「宗谷丸」に興味を持ち、船に関わる仕事に取り組みながら「宗谷丸」の情報を集めた同人誌を自ら作成しました。
【岩崎慶次さん】
「僕は作ってくれという人にはあんまりいう人には作ってあげたくない。齋藤君はメールアドレスにsoyamaruとつけるくらいだからよほど好きなんでしょうね。そういう情熱が伝わってくる。そしたらつくってあげようという気になる」
でき上がったのがこちら。
完成まで3年かかりました。
岩崎さんの模型は「ソリッドモデル」が特徴です。
【岩崎慶次さん】
「ソリッドモデルというのは自分で写真を見たりして外観をそっくりに作る。中は忠実。プラスチックモデルみたいに光があまりないでしょ。なるべく光らなくて実物の縮尺された模型になるような色の塗り方も作る。だから小さいなりに重みがある船ができている」
「齋藤さん、3年の約束をきょう果たすことになります。ちょうど3年前のひな祭りの時にこの船の資料をいただいて遅くなりましたけど渡します。かわいがってください」
【齋藤龍汰郎さん】
「船の中でいちばん好きなのが宗谷丸。こんな大きい模型でかつ岩崎さんが船をよく知っている人なので精密で的確な模型を制作していただき感無量。うれしい気持ちでいっぱい」
齋藤さんはなぜ「宗谷丸」に惹かれるのか。
その思いを語ってくれました。
【齋藤龍汰郎さん】
「地味だけどしっかりと人のために役に立つことをしたいと思わせてくれたのがこの船。僕の進路を決めてくれた船」
齋藤さんの情熱が垣間見えたと話す齋藤さんのメールアドレスにはたしかに「soyamaru」という単語が入っています。
【齋藤龍汰郎さん】
「好きな船というのもあるが戦争を生き残った船ということで幸運にあやかりたい意味もある」
【岩崎慶次さん】
「齋藤君に渡すことができてまた喜んでもらって制作者としては感無量」
3年ぶりに再会した二人。
50歳ほど違いますが船という共通の好きなものを前に話が尽きることはありませんでした。
【岩崎慶次さん】
「船に限らずものを作るという仕事はわれわれにとってロマンですよね。動くものが小さいころ好きですよね。その流れで年を取っていないのかもしれない」
※岩崎さんの「さき」は「たつさき」
今から90年ほど前に作られ、旅客船や石炭の輸送にも使われた「宗谷丸」の模型です。
61年前に引退し、今は残っていません。
唐津市に住む岩崎慶次さん85歳。
部屋には模型を制作するたくさんの道具がずらりとそろっています。
【岩崎慶次さん】
「ものを作るということの楽しさ、でき上がってくる色合いとかスタイルはやはり眺めると気持ちいいですよ」
短大で造船を学んだ岩崎さんは唐津市内の会社に就職し「船」の設計に携わります。
高校時代に熱中した模型作り。
仕事の合間に再開すると69歳で退職した後、いっそうのめり込むことになりました。
これまでに作った船の模型は約70点。
唐津市の旧唐津銀行に展示されている「ボルトン・キャッスル号」も岩崎さんの作品です。
去年2月には唐津海上保安部の巡視船「いまり」の模型を贈りました。
そんな岩崎さんが今回作ったのが1930年代に建造され、かつて北海道・稚内と樺太を結んだ「宗谷丸」です。
「宗谷丸」は客船や貨物船として活躍しただけでなく、石炭の輸送や船員訓練などの役目も務めたあと、1965年に運航を終えました。
戦火を奇跡的にくぐり抜けるなど記憶に残る船ですが解体され現在は存在していません。
岩崎さんがこの作品を贈るのは3年前に知り合ったという齋藤龍汰郎さん。
齋藤さんは祖母が樺太出身という縁で「宗谷丸」に興味を持ち、船に関わる仕事に取り組みながら「宗谷丸」の情報を集めた同人誌を自ら作成しました。
【岩崎慶次さん】
「僕は作ってくれという人にはあんまりいう人には作ってあげたくない。齋藤君はメールアドレスにsoyamaruとつけるくらいだからよほど好きなんでしょうね。そういう情熱が伝わってくる。そしたらつくってあげようという気になる」
でき上がったのがこちら。
完成まで3年かかりました。
岩崎さんの模型は「ソリッドモデル」が特徴です。
【岩崎慶次さん】
「ソリッドモデルというのは自分で写真を見たりして外観をそっくりに作る。中は忠実。プラスチックモデルみたいに光があまりないでしょ。なるべく光らなくて実物の縮尺された模型になるような色の塗り方も作る。だから小さいなりに重みがある船ができている」
「齋藤さん、3年の約束をきょう果たすことになります。ちょうど3年前のひな祭りの時にこの船の資料をいただいて遅くなりましたけど渡します。かわいがってください」
【齋藤龍汰郎さん】
「船の中でいちばん好きなのが宗谷丸。こんな大きい模型でかつ岩崎さんが船をよく知っている人なので精密で的確な模型を制作していただき感無量。うれしい気持ちでいっぱい」
齋藤さんはなぜ「宗谷丸」に惹かれるのか。
その思いを語ってくれました。
【齋藤龍汰郎さん】
「地味だけどしっかりと人のために役に立つことをしたいと思わせてくれたのがこの船。僕の進路を決めてくれた船」
齋藤さんの情熱が垣間見えたと話す齋藤さんのメールアドレスにはたしかに「soyamaru」という単語が入っています。
【齋藤龍汰郎さん】
「好きな船というのもあるが戦争を生き残った船ということで幸運にあやかりたい意味もある」
【岩崎慶次さん】
「齋藤君に渡すことができてまた喜んでもらって制作者としては感無量」
3年ぶりに再会した二人。
50歳ほど違いますが船という共通の好きなものを前に話が尽きることはありませんでした。
【岩崎慶次さん】
「船に限らずものを作るという仕事はわれわれにとってロマンですよね。動くものが小さいころ好きですよね。その流れで年を取っていないのかもしれない」
※岩崎さんの「さき」は「たつさき」
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