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元ボートレーサーが旅館の若女将に転身!太良町のSNS動画が1週間で47万回再生の大バズり
時速80キロの水上レースから、有明海を望む旅館へ——。
その意外すぎる転身が、いまSNSで大きな注目を集めています。
佐賀県太良町竹崎にある旅館「一福荘(いっぷくそう)」の若女将・梅﨑恵美さんが投稿した動画が、わずか1週間で47万回再生を突破。
“ど田舎の旅館の若女将”という肩書きと、その経歴のギャップが話題となり、多くの人の心をつかんでいます。
実は梅﨑さん、かつては水上を時速80キロで駆け抜けていた元ボートレーサー。
激しい勝負の世界から一転、現在は有明海を望む旅館で、宿を切り盛りする若女将として新たな人生を歩んでいます。
ボートレース時代の経験、旅館にかける思い、そしてSNSで突然注目を集めた理由とは——。
まるでドラマのような転身ストーリーと、一福荘ならではの魅力をあわせてご紹介します。
「時速80キロの世界からど田舎の旅館の若女将、やってます」
「元ボートレーサーの私、時速80キロの世界からど田舎の旅館の若女将、やってます」
わずか数秒のこのひと言が、多くの人の心を一気につかみました。
激しいレースの世界と、穏やかな田舎旅館。
あまりにも対照的な肩書きのギャップに、「どういうこと?」「気になる!」と反応が広がり、動画は一気に拡散。特にボートレースファンを中心に注目を集めました。
SNSに投稿されると再生数はみるみる伸び、取材時点ではすでに47万回再生を突破。
コメント欄には、「人生がドラマみたい」「旅館に行ってみたくなった」といった声も寄せられています。
たったひと言で、人を惹きつけるインパクト。
その背景には、梅﨑さん自身が歩んできた、波乱万丈な人生がありました。
父の夢がボートレーサーへの道を開いた
梅﨑さんがボートレーサーを目指した原点には、“大のボートレースファン”だった父親の存在がありました。
「うちの父が大のボートレースファンで、自分の分身をどうにかボートレース業界に入れたいという思いだったと思います」
幼い頃から身近にあったボートレースの世界。
その影響を受け、高校卒業後、梅﨑さんはボートレーサー養成所への挑戦を決意します。
しかし、その門は非常に狭く、倍率はおよそ30倍。
全国から挑戦者が集まる超難関の世界です。
そんな中、梅﨑さんは見事“一発合格”。
1年間に及ぶ厳しい訓練生活を経て、ボートレーサーとしてデビューを果たしました。
けれど、夢だったはずの合格も、当時は素直に喜ぶ余裕がなかったといいます。
「これより過酷なのが待ってるぞ、みたいな」
そう振り返る言葉からは、勝負の世界へ足を踏み入れる緊張感がにじみます。
時速80キロで水面を駆け抜ける世界。
そこには、想像以上に厳しく、張り詰めた日々が待っていました。
10年間の選手生活、そして引退
ボートレーサーとして過ごしたのは10年間。
華やかに見える世界の裏で、梅﨑さんは常に厳しい競争の中に身を置いていました。
振り返れば、「付いていくのがやっとだった」と語る選手生活。
周囲との実力差や、自分自身との葛藤を抱えながら走り続けていたといいます。
そして、引退の決断は突然でした。
「自分のハングリー精神のなさ。目つきも違いますし、やっぱり考え方とか自分への追い込み方というのは、私、今思うとすごい自分勝手だったなと思うんですけど——引退は身内にも事後報告でした」
もし事前に相談していたら、きっと誰もが止めたはず——。
そう分かっていたからこそ、自分一人で決断を下したといいます。
大きな決断の裏には、迷いも葛藤もありました。
それでも、10年間の選手生活を後悔しているわけではありません。
「いい先輩や後輩に恵まれたし、業界の方々もすごくよく知ってくださったので、すごいいい経験だったなとは思っています」
全力で駆け抜けた10年。
その経験は、競技の世界を離れた今も、梅﨑さんの人生を支える大切な時間になっていました。
コロナ禍が転機に——実家の旅館を守るために
ボートレーサーを引退した後、梅﨑さんは結婚・出産を経験し、太良町内の会社で働いていました。
そんな中、コロナ禍が実家の旅館「一福荘」を直撃します。
宿泊客は減少し、さらに時代は大きく変化。キャッシュレス決済への対応やSNS発信など、新しい課題が次々と押し寄せていました。
長年旅館を守ってきた両親だけでは、対応しきれない場面も増えていったといいます。
「これから先の時代に付いていけないなというのを感じて、両親と話したときに、自分たちも限界を感じているということを言われたので、そしたらじゃあ一緒に頑張ろうかなという感じで家業に入ったわけです」
家業を継ぐ——。
それは、かつて時速80キロの世界で勝負していた梅﨑さんにとって、まったく新しい挑戦でした。
けれど、“家族の場所を守りたい”という思いが、背中を押したのです。
こうして梅﨑さんは、「一福荘」の若女将として、新たな人生を歩み始めました。
「元ボートレーサー」が突破口に——SNSで大バズり
旅館に加わった梅﨑さんが、まず力を入れたのがSNSでの情報発信でした。
有明海の景色や竹崎地区の魅力、旅館の日常——。
地道に投稿を続けていたものの、最初はなかなか反応が広がらなかったといいます。
そんな中、周囲から「元ボートレーサーという経歴をもっと出したほうがいい」とアドバイスを受け、自身の過去を前面に出した動画を投稿。
すると、その一本が一気に注目を集めました。
コメント欄には、「急にいなくなった梅﨑選手だ!」「ここにいたのか!」といった声が次々に寄せられ、かつてのボートレースファンたちが“再会”を喜ぶ場にもなっていました。
そして今、その話題は競技ファンの枠を超え、旅館や地方旅、田舎暮らしに興味を持つ人たちへと少しずつ広がっています。
ただ、梅﨑さんは47万回再生という数字について、冷静にこう語ります。
「集客としてはまだつながっていないという……」
大きな話題になっても、それがすぐ宿泊予約につながるわけではない——。SNSの難しさも実感しているといいます。
それでも、“元ボートレーサーの若女将”という唯一無二の存在は、確実に多くの人の記憶に残り始めています。
旅館の魅力を、どう届けるか。梅﨑さんの新たな挑戦は、まだ始まったばかりです。
有明海を望む絶景、洞窟露天風呂、有明海の幸
そんな梅﨑さんが守る「一福荘」の魅力も、ぜひ紹介したいところです。
客室の窓の向こうに広がるのは、有明海と港の穏やかな景色。
天気の良い日には、遠く雲仙まで見渡せることもあるそうで、思わず「最高…」と声が漏れてしまうような開放感が広がります。
そして、この宿の名物が、岩盤を掘って造られた“洞窟露天風呂”。
自然の岩肌に包まれながら湯に浸かる、少し珍しいスタイルの温泉です。
泉質は、ナトリウム炭酸水素塩泉・塩化物泉。肌をなめらかに整える“美肌の湯”としても知られています。
さらに食事では、有明海の海産物をふんだんに使用。
定番プランでも、竹崎ならではの海の幸をしっかり味わえるのが魅力です。
宿泊はもちろん、食事や温泉の日帰り利用も可能。有明海を眺めながら、ゆったりとした時間を過ごせる一軒です。
太良町から、佐賀全体を盛り上げる存在へ
元ボートレーサーという異色の経歴を持つ、旅館の若女将——。
そんな存在は、日本中を探してもそう多くはありません。
時速80キロの世界から、有明海を望む宿へ。
大きく人生の舞台を変えた梅﨑さんですが、その挑戦はまだ終わっていません。
SNS発信について尋ねると、梅﨑さんは迷いなくこう言い切りました。
「やめはしない。まだ続く」
その言葉には、旅館を守りたいという思いと、太良町・竹崎地区の魅力をもっと多くの人に届けたいという強い意志がにじみます。
佐賀市内からも訪れやすい太良町。有明海を望む絶景、体を包み込む温泉、そして個性あふれる若女将——。
少し日常を離れて、ゆったりとした時間を過ごしたくなったときは、ぜひ「一福荘」を訪れてみてはいかがでしょうか。
店舗情報
- 店舗名:一福荘
- 住所:佐賀県藤津郡太良町竹崎122

